| 大甕(おおみか) |
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| 所在地 |
茨城県日立市大みか町二丁目23-10 |
| 所属事業者 |
東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 |
■常磐線 |
| キロ程 |
137.4km(日暮里起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面2線 |
| 乗車人員 |
8,444人/日(2024年) |
| 開業年月日 |
1897年(明治30年)2月25日 |
| 駅種別 |
業務委託駅 |
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| 大甕駅 |
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大甕駅(おおみかえき)は、茨城県日立市大みか町二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線の駅である。
事務管コードは▲421120。日立市南部に位置する。
かつては当駅から日立電鉄日立電鉄線が接続し常北太田駅方面と鮎川駅方面に伸びていたが、2005年4月1日に廃止となり、現在は常磐線のみの単独駅である。
当駅から東海駅までの駅間距離は、茨城県内の常磐線では最長である。
駅名の由来
開業当時の所在地である久慈郡久慈町の小字である「大甕」に由来し、さらにその由来は近隣の大甕神社にある。
現在の所在地である「大みか町」は、日立市成立後に日立市久慈町および水木町の一部から成立した町名だが、「甕」が当時の当用漢字に含まれないことから、平仮名を用いた「大みか」が正式表記となった。
このため周辺の施設では「大甕」と「大みか」の表記が混在している。
駅構造
相対式ホーム2面2線を持つ地上駅。駅舎(改札口)は地下に存在する。東口側のロータリーはホームよりも低地にある。
かつては単式ホーム・島式ホーム混合の2面3線で駅舎から遠いほうのホーム(山側)にも線路があった。
また単式ホームと島式ホームの間にも線路が敷設されていたが、現在ではバラストも撤去された。
勝田営業統括センターが管理し、JR東日本ステーションサービスが駅業務を受託する業務委託駅であり、自動券売機、指定席券売機、Suica対応自動改札機設置駅。改札の西側にNewDaysがある。
日立電鉄線のあった当時は、日立電鉄も社員を配置していたが駅舎にはJR東日本の係員しかおらず、日立電鉄の係員は日立電鉄線ホームで改札を行っているのみだった。
日立電鉄の電車から降りて外へ行くには、この日立電鉄線の改札を通ってからまたJRの改札口を通ることになるので、日立電鉄線の運賃精算が済んだ旨の証明書を日立電鉄線の改札で受け取ることになっており、日立電鉄線からJRに乗り換えてほかのJR駅に行く場合にも、着駅の改札口でこの証明を渡してJR線の当駅からの運賃を支払うことになっていた。
日立電鉄線の乗車券は駅舎(JRに委託)でも、日立電鉄線ホームでも購入できた。
日立電鉄線のホームは鮎川まで路線を延長する前は海側にホームを持っていたが、延長時の用地取得の都合などによってこの位置に移され、島式ホームであった。
ホームは2006年12月中に撤去されたことに伴い、常陸多賀方の跨線橋は2007年1月末までに完全撤去された。
このため、使用可能な跨線橋は、東海方のみとなった。現在は地下駅舎となったため跨線橋はない。
ホームの跡地はパーク&ライド用駐車場を経て、西口が新設された。
日立市が駅舎の地下化、地下自由通路や西口駅前広場、南北アクセス道路、日立電鉄線の跡地を活用したBRT(ひたちBRT)の整備などの駅周辺整備を実施し、2018年12月から2020年4月にかけて供用が開始され整備はほぼ完了した。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
| 1 |
■常磐線 |
上り |
水戸・土浦・上野・東京・品川方面 |
| ■上野東京ライン |
| 2 |
■常磐線 |
下り |
いわき・仙台方面 |
発車メロディ
2005年11月から発車メロディに地元出身の作曲家・吉田正の楽曲を使用している。
- 上り:いつでも夢を(吉永小百合・橋幸夫)
- 下り:恋のメキシカン・ロック(橋幸夫)
日立電鉄 大甕駅
| 日立電鉄 大甕(おおみか) |
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| 所属事業者 |
日立電鉄 |
| 所属路線 |
日立電鉄線 |
| キロ程 |
0.0km(大甕起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面2線 |
| 開業年月日 |
1928年(昭和3年)12月27日 |
| 廃止年月日 |
2005年(平成17年)4月1日 |
日立電鉄線(ひたちでんてつせん)は、茨城県常陸太田市の常北太田駅と日立市の鮎川駅とを結んでいた日立電鉄の鉄道路線である。
『鉄道要覧』には大甕駅 - 常北太田駅間と大甕駅 - 鮎川駅間の2路線に分けて記載されていたが、事実上1本の路線だった。
なお、路線名はどちらも日立電鉄線だった。
2004年2月1日、橋梁などの設備更新の経費がかさむことなどを理由に2005年3月31日限りでの廃止が表明され、2005年4月1日をもって廃線となった
。最終運転日は前日の3月31日。廃線後は日立電鉄傘下の日立電鉄交通サービス(後に茨城交通と合併)により、バスによる代替路線の新設・既存路線の増発が行われている。
常北太田駅 - 大甕駅間
常陸太田市と日立市との都市間輸送を担っていた。全日制の高等学校が常陸太田市内に3校・日立市内に8校あり(いずれも路線廃止当時)、県立高校の学区も同じ学区同士だった両市間での通学需要が大きかった。
途中駅のほとんどは周辺が農地で人家が少なく、常北太田駅と大甕駅の両駅の利用が目立っていた。日立港の最寄で駅周辺が密集した市街地である久慈浜駅 - 大甕駅間の1駅間だけの利用も多かった。
路線の廃止が発表された際には地元高校生らが路線存続を訴え、ニュースなどで話題となった。
大甕駅 - 鮎川駅間
常磐線と太平洋に挟まれる形で走行し、常磐線とは200 - 800 mほどの距離を置きながら並走していた。沿線は日立市の密集した市街地で、日立製作所およびその関連企業の工場が多く点在しており、太平洋に至近であることから海水浴場も多い。
沿線人口は多いものの、終点の鮎川駅は日立駅の3 km手前にあり、商業施設が集積する日立駅周辺へのアクセス利用には向いていなかった。その利便性の低さが、日立電鉄線の利用者が伸びない一因でもあった。
歴史
- 1897年(明治30年)2月25日:日本鉄道磐城線水戸 - 平間開通時に開業。
- 1901年(明治34年)8月8日:線名改称により海岸線の駅となる。
- 1906年(明治39年)11月1日:日本鉄道が国有化され、官設鉄道の所属となる。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定により常磐線の所属となる。
- 1928年(昭和3年)12月27日:日立電鉄線が開業。
- 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道が発足。
- 1975年(昭和50年)9月1日:貨物の取り扱いを廃止。
- 1985年(昭和60年)
- この年:急行ときわ号の廃止により特急ひたち号の停車駅となる。
- 3月14日:荷物扱い廃止。
- 1986年(昭和61年):2代目駅舎完成。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、常磐線の駅はJR東日本の駅となる。日立電鉄線の乗車券販売委託がJR東日本に変更される。
- 1998年(平成10年)3月3日:JR東日本の駅に自動改札機を設置し、供用開始。
- 2004年(平成16年)10月16日:ICカード「Suica」の利用が可能となる。
- 2005年(平成17年)
- 4月1日:日立電鉄線廃止。
- 11月1日:発車メロディを変更。
- 2007年(平成19年)1月末:日立寄りの跨線橋完全撤去。
- 2015年(平成27年)
- 3月:日立市が「大甕駅周辺地区整備計画」を策定。
- 4月1日:JR水戸鉄道サービスが駅業務を受託する業務委託駅となる。
- 7月1日:駅業務受託がJR東日本ステーションサービスへ移管。
- 7月:日立市とJR東日本水戸支社が駅舎改築と東西自由通路の新設に関し協定を締結。
- 9月:従来の自転車置き場に仮駅舎を建設開始。
- 2016年(平成28年)
- 2月5日:2代目駅舎の供用終了。
- 2月6日:仮駅舎の供用開始。
- 2018年(平成30年)
- 8月23日:上下ホームを結ぶ跨線橋を閉鎖し、新駅舎の一部となる地下通路の供用開始。
- 12月8日:新駅舎供用開始、及び自由通路一部供用開始。
- 2019年(令和元年)10月25日:大雨の影響で地下通路に大量の水が流れ込んだ。
- 2020年(令和2年)
- 4月:西口駅前広場、南北アクセス道路などの供用開始、駅周辺整備がほぼ完了。
- 2020年度いばらきデザインセレクションに「常磐線新駅舎及び自由通路」が選定される。
- 2023年(令和5年)3月17日:みどりの窓口の営業を終了。
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