JR東日本・水沢江刺駅
水沢江刺(みずさわえさし)
東北新幹線   一ノ関 水沢江刺 北上
所在地 岩手県奥州市水沢羽田町駅前一丁目185
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線  東北新幹線
キロ程 470.1km(東京起点)
駅構造  高架駅
ホーム  2面2線
乗車人員  738人/日(2022年) 
開業年月日  1985年(昭和60年)3月14日
駅種別  直営駅(管理駅)みどりの窓口
水沢江刺駅
水沢江刺駅
E3系
E3系
水沢江刺駅(みずさわえさしえき)は、岩手県奥州市水沢羽田町(はだちょう)駅前一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)東北新幹線の駅である。
東北新幹線の開通時点では水沢江刺駅は未設置であったが、東北新幹線の建設計画が持ち上がった時から地元では駅設置の住民運動を実施し、都市計画を行って土地買収を進め、日本国有鉄道(国鉄)総裁に対して請願を行っていた。1982年(昭和57年)6月および7月の国鉄役員会において、同時期に請願を行っていた新花巻駅とともに、新駅設置に関する基本要件が決定され、これを受けて1983年(昭和58年)1月5日に盛岡鉄道管理局長から具体的な設置条件が示された。その条件は、当面建設する相対式ホーム2面2線の駅の工事費約50億円を地元負担とすること、用地を無償譲渡すること、将来的に待避線を備えた2面4線への拡張を想定して用地を確保し、4線化の工事の際には用地の無償譲渡に応じること、そして駅前広場と関連道路を地元で整備することであった。水沢市は条件了解の返答を同年10月17日に行った。また地方財政再建促進特別措置法で自治体の国鉄への寄附行為が原則として禁じられていたが、全国新幹線鉄道整備法が同年10月14日に改正されたことで寄附行為が可能となって、駅の整備ができることになった。これを受けて11月1日に盛岡鉄道管理局長から本社旅客局長あてに駅設置上申が行われ、11月21日に設置承認を受けた。11月17日には水沢市議会で債務負担行為議決が行われ、11月22日に国鉄と水沢市の間で基本協定が締結された。11月30日に工事実施計画の変更申請が運輸大臣に提出され、12月12日に認可を受けた。国鉄と水沢市の間の工事協定は12月19日に締結され、1984年(昭和59年)1月10日に着工となった。
東北新幹線の設計時点からこの位置に駅を建設することは想定されており、後から2面4線の駅を設置できるよう、高架橋の既設横はりの鉄筋は増設部の鉄筋と圧接できるよう配慮されていた。この背景には将来新幹線が北海道まで延伸された際夜行運転を行う事が構想されており、運転整理上水沢市内に駅を設ける事が必要とされた。駅の構造は開業当時からの設置駅とは異なり通過線を持たない2面2線の構造となっている。設置承認は2面2線16両対応であったが、当面2面2線12両対応として工事を行うことになった。既設高架橋の両側に直接基礎一柱式RCラーメン高架橋を新設して上屋とホームを支持し、耐雪形の覆いを全体に被せる構造とした。工事期間中は安全のために列車は工事区間を110 km/hで徐行を行い、また鉄骨を建てたり屋根を建設したりする工事は夜間に線路閉鎖と饋電停止を行った上で施工した。プラットホームは310メートルの有効長とされ、乗客が少ないと見込まれたことから新幹線鉄道構造規則で定める相対式ホームにおける最小幅員5メートルより狭い幅4.5メートルを採用して、そのための特別承認を得た。1985年(昭和60年)2月12日に工事が完成し、3月14日に東北新幹線の上野 - 大宮間開業とともに開設された。
16両対応での想定工事費は49億8000万円であったが、12両対応にしたことで地元との協定額は43億9000万円となり、さらにその後の工事費の縮減により、最終的な工事費は35億8200万円となった。水沢市では、3分の1を岩手県からの工事補助金で賄ったほか、地元住民協力金、周辺市町村協力金、積立金の取り崩しなどでこの額を負担した。

ホーム延長
  • E2系
    E2系
    JR東日本は1991年(平成3年)3月の東北新幹線東京駅乗り入れを見据えた輸送量増強計画により、16両編成の200系車両(H編成)の導入を進めていた。しかし12両対応のホーム有効長(310メートル)で開業した当駅は16両編成に対応できないため、JR東日本東北工事事務所は1989年(平成元年)、水沢市に文書でホーム延長への協力を要請した。
  • 当駅は、駅整備計画時点で16両編成と2面4線化に対応できる分の用地を確保していた。JR側からホーム延長に関する要請があった当初、工事費の地元負担が懸念されたが、用地は市が無償提供し工事費はJR側が全額負担することになり、駅舎南側(東京側)に100メートル分の延長ホーム建設が始まった。
  • 工事が進められている最中の1990年(平成2年)6月23日、2階建て車両(249形)1両を組み込んだ200系H編成(13両編成)が登場し、車両1両分が既存ホーム(全覆い上屋部分)からはみ出した状態で停車する措置が取られた。はみ出した分の車両の乗降ができないため、当駅では当該車両の指定席は発売しなかった。12月16日からは、延長部分の一部が利用できるようになり、13両編成すべてのドアから乗降が可能になった。
  • 1991年(平成3年)3月8日に延長ホームが完成した。しかし、寒冷地には不向きな屋根のない“青空ホーム”だった。延長部分の屋根構造に関しては、延長ホームの工事着手前から議論されていた。地元自治体は既設部分と同様、寒冷地に適した線路全体を覆う上屋をJRが全額負担する形で設置するよう求めたのに対し、JR側は地元負担を主張した。協議の末、3億円以上かかる全覆い式ではなく、ホーム部分だけに屋根を掛ける半覆い式(約8000万円)とし、費用もJRと地元で折半する形で合意した。屋根は1992年(平成4年)2月に完成し、現在の駅の姿に至っている。一連のホーム延長を巡って水沢市は、水沢江刺駅と同じ請願駅として同時開業していた新花巻駅の地元、花巻市とも同一歩調を取りながら対応した。
  • 延長ホームにより、フル規格車両16両に対応。ミニ規格(秋田新幹線車両)併合編成の場合は17両に対応する。上り列車のうち、12両以下の編成については、全覆式の駅舎内に車両が止まるよう、停止位置目標が設置されている。

駅構造
改札口
改札口
  • 相対式ホーム2面2線を有する高架駅である。通過線が無いため、ホームには可動式安全柵が装備されている。フル規格10両+ミニ新幹線規格7両の17両編成対応。在来線との接続がない新幹線単独駅。
  • 直営駅(駅長配置)。管理駅でもあるが、当駅は自駅のみの単駅管理となっている。みどりの窓口、指定席券売機、売店「ぐるっと遊水沢江刺駅店」、コインロッカーなどを設置。売店はJR東日本東北総合サービスが経営している。エヌアールイー東北サービスが立ち食いそば屋「そば処水沢江刺駅バルーン」を2023年2月28日まで経営していたが、当面休業となっている。
  • 駅舎は、広大な大地と豊富な水系を背景に、水沢地方の景観の特色である瓦屋根に白壁を配置した、落ち着いた牧歌的な雰囲気を表現したものとなっている。1階の外壁の色は煉瓦色を採用している。鋳物の町に建設されたことから、コンコースの天井などには地元の鋳物製品を採用しており、重厚で素朴なデザインとなっている。駅務室は少人数でも業務を行いやすいワンルーム方式で、出札・改札・精算を兼ねるラッチが設けられている。駅の両側に出られる構造で、改札外待合室は南岩手物産館(現・南岩手交流プラザ)の隣りに設けられていた。改札内やホーム上に待合室は特に設けられず、ホームの所々にベンチがあるだけだった。当初の駅本屋の総床面積は1,175平方メートルであった。
  • バリアフリー新法の施行などを受け、2011年3月には改札内コンコースからホームへ直結するエレベーターが整備された。それまで車いす利用者らは、ホームと1階とを結ぶ業務用エレベーターを利用していたが、改札外にあり通常は施錠していたため、利用時は事前連絡し駅員が同伴する必要があった。エレベーター新設によって、業務用エレベーターは撤去された。1階とホームを結ぶ上りエスカレーターが設置されている(下りエスカレーターは無い)。
  • 2018年1月15日にホーム上に待合室を設置する計画が発表され、同月下旬に工事を開始、同年3月16日に完成し21日より使用が開始されている。
  • 駅構内には、南岩手交流プラザがあり、岩手県南部の観光物産品などが展示されている。もともとは、南岩手物産館という名称だった。その後、施設の見直しが行われ、独立したスペースにあった観光案内所と待合室も一体化した南岩手交流プラザが1999年2月28日にオープンした。観光案内所スタッフが不在となる早朝や夜間は、物産展示と観光案内所のスペースはパイプシャッターで閉ざされ、待合室スペースのみの利用となる。
  • 観光案内所の運営はかつて、奥州市がJR東日本レンタリースに委託。社員が駅レンタカー業務と観光案内を兼務していた。しかし、人手不足などを理由に2018年3月いっぱいで社員を引き上げ。割引特典などがある駅レンタカーのサービスは、駅前に営業所を構えるニッポンレンタカーサービスに継承されている。案内所の業務は、地元の観光ガイドボランティア団体で構成する奥州市ガイド連絡会に委託された。
  • 2020年10月1日、前述の発車メロディ変更に合わせて構内に大瀧詠一に関する資料展示コーナーが設けられ、大瀧の足跡を紹介する説明パネルやレコードジャケット、ポスターなどが展示されている。また、地元出身のメジャーリーガー大谷翔平選手の関連展示コーナーもある。
のりば

番線 路線 方向 行先
1 東北・秋田・北海道新幹線  下り 盛岡・秋田・新青森・新函館北斗方面
2 東北新幹線  上り 仙台・東京方面

歴史

  • 1984年(昭和59年)1月10日:着工。
  • 1985年(昭和60年)
    • 2月12日:工事完了。
    • 3月14日:開業。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化によりJR東日本の駅になる。
  • 1991年(平成3年)3月8日:16両対応にプラットホーム延長工事完成。
  • 1992年(平成4年)2月:延長されたプラットホームの部分に上屋が完成する。
  • 1997年(平成9年)3月22日:速達型やまびこ停車開始。
  • 2007年(平成19年)11月:駅前に後藤新平像を設置。
  • 2018年(平成30年)
    • 1月15日:ホーム待合室の新設が発表される。同月下旬に工事着手。
    • 3月16日:ホーム待合室が完成、同年21日より使用を開始。
  • 2020年(令和2年)
    • 3月14日:新幹線eチケットサービス開始。
    • 10月1日:発車メロディを大瀧詠一の「君は天然色」に変更。
  • 2021年(令和3年)3月13日:タッチでGo!新幹線のサービスを開始。