JR東日本・新花巻駅
新花巻(しんはなまき)
東北新幹線 北上 新花巻 盛岡
釜石線   似内 小山田 
所在地 岩手県花巻市矢沢10-87-7
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
駅構造  高架駅(新幹線)
地上駅(在来線)
ホーム  2面2線(新幹線)
1面1線(在来線)
乗車人員  新幹線 572人/日(2022年) 
JR東日本 606人/日(2022年)
開業年月日 1985年(昭和60年)3月14日
駅種別 直営駅(管理駅) みどりの窓口
所属路線 東北新幹線
キロ程 500.0km(東京起点) 
所属路線 釜石線 
キロ程 6.4km(花巻起点)
新花巻駅
新花巻駅
キハ111系気動車
キハ111系気動車
新花巻駅(しんはなまきえき)は、岩手県花巻市矢沢(やさわ)にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。東北新幹線と在来線の釜石線との交差地点に設けられており、両線の乗換駅となっている。釜石線の駅にはエスペラントによる「Stelaro(ステラーロ:星座)」という愛称が付けられている。
東北新幹線は花巻市を通るルートで計画されたが、日本国有鉄道(国鉄)は1971年(昭和46年)、市内に駅を設置しない方針を決めた。これに対して小原甚之助ら有志は市民会議を設置して駅誘致運動に乗り出し、ルート上やその周辺の周辺の地権者から用地不買の約束を取り付けて、測量もできなくなった国鉄は、将来の駅設置に向けた「設計上の配慮」を表明して譲歩。1974年の市長選では駅誘致派候補が当選し、市は駅用地を取得するなど受け入れ態勢整備も進め、市民からも「1人1坪」も寄付も寄せられた。
1982年(昭和57年)6月および7月の国鉄役員会において、同時期に請願を行っていた同じ岩手県内の水沢江刺駅とともに、新駅設置に関する基本要件が決定され、これを受けて1983年(昭和58年)1月5日に盛岡鉄道管理局長から具体的な設置条件が示された。その条件は、当面建設する相対式ホーム2面2線の駅の工事費約55億円を地元負担とすること、用地を無償譲渡すること、将来的に待避線を備えた2面4線への拡張を想定して用地を確保し、4線化の工事の際には用地の無償譲渡に応じること、そして駅前広場と関連道路を地元で整備することであった。花巻市は条件了解の返答を同年10月17日に行った。また地方財政再建促進特別措置法により自治体から国鉄への寄附行為は原則として禁じられていたが、全国新幹線鉄道整備法が同年10月14日に改正されたことで寄附行為が可能となって、駅の整備ができることになった。これを受けて11月1日に盛岡鉄道管理局長から本社旅客局長あてに駅設置上申が行われ、11月21日に設置承認を受けた。11月17日には花巻市議会で債務負担行為議決が行われ、11月22日に国鉄と花巻市の間で基本協定が締結された。11月30日に工事実施計画の変更申請が運輸大臣に提出され、12月12日に認可を受けた。国鉄と花巻市の間の工事協定は12月19日に締結され、1984年(昭和59年)1月10日に着工となった。
E5系
E5系
新幹線で地元全額負担による請願駅新設は、新花巻駅と水沢江刺駅が全国初であった。設置承認は2面2線16両対応であったが、当面2面2線12両対応として工事を行うことになった。既設高架橋の両側に直接基礎一柱式RCラーメン高架橋を新設して上屋とホームを支持し、耐雪形の覆いを全体に被せる構造とした。工事期間中は安全のために列車は工事区間を110 km/hで徐行を行い、また鉄骨を建てたり屋根を建設したりする工事は夜間に線路閉鎖と饋電停止を行った上で施工した。プラットホームは310メートルの有効長とされ、乗客が少ないと見込まれたことから新幹線鉄道構造規則で定める相対式ホームにおける最小幅員5メートルより狭い幅4.5メートルを採用して、そのための特別承認を得た。1985年(昭和60年)2月12日に工事が完成し、3月14日に東北新幹線の上野駅 - 大宮駅間延伸開業とともに開設された。
また、釜石線側については現在の駅の約500メートル西側に存在していた矢沢駅を廃止した上で、新幹線との交差地点に新たに釜石線連絡設備を新設した。地形上、15パーミル勾配の区間に建設せざるを得ず、日本国有鉄道建設規程における駅設置の上限である10パーミル勾配を超えていた。このため過走余裕を考慮して、気動車4両対応の列車長86メートル、一般余裕5メートル、過走余裕20メートルを合計した全長111メートルのプラットホームとした上で、旅客列車に限って停車させる条件で運輸大臣の特別承認を得た。
こうした建設経緯から、釜石線の新花巻駅については事実上、矢沢駅の移転・駅名改称である。『国鉄監修 時刻表』1985年3月号(日本交通公社出版事業局、現:JTBパブリッシング)では、「釜石線矢沢駅を移転して新花巻駅に改称します」と実際の手続き(矢沢駅の廃止と新花巻駅の開設)とは異なる記述がされていた。現在でも駅西方の線路が緩くカーブしているのは、矢沢駅が元来列車交換可能な構造だった名残である。矢沢駅の廃止時点では交換設備は撤去されていた。
16両対応での想定工事費は55億1000万円であったが、12両対応にしたことで地元との協定額は47億9000万円となり、さらにその後の工事費の縮減により、最終的な工事費は40億9000万円となった。花巻市では、3分の1を岩手県からの工事補助金で賄ったほか、地元住民協力金、周辺市町村協力金、積立金の取り崩しなどでこの額を負担した。
これら駅設置に至る経緯は、岩手県在住の有志によって『ネクタイを締めた百姓一揆』のタイトルで映画化され、2014年から2016年にかけて撮影がおこなわれたのち、2017年に花巻市文化会館で完成上映会がおこなわれた。

駅構造
  • 当駅は直営駅(駅長・助役配置)である。管理駅でもあるが、当駅は自駅のみの単駅管理となっており、周辺の駅は北上駅が管理している。
新幹線
  • 相対式ホーム2面2線を有する高架駅である。副本線はないため、ホームには可動式安全柵が装備されている。フル規格10両+ミニ新幹線規格7両の17両編成対応。ミニ新幹線規格車両の停止位置には、旅客転落防止のためのローピング設備が設置されている。
  • 駅舎にはみどりの窓口、指定席券売機、自動改札機、そば屋「イーハトーブの里」、ジャスター売店「ぐるっと遊」「みみずく」、待合室を兼ねた花巻市観光案内所がある。
  • 駅舎は、花巻出身である宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』をモチーフとし、屋根に設けた半円塔のトップライトと外壁のミラーガラスにより青空と星空を映し出し、イーハトーブの台地と宇宙のつながりを表現している。コンコース天井に鏡面のドームを配置して、光と形で宮沢賢治の幻想の世界を表現している。駅務室は少人数でも業務を行いやすいワンルーム方式で、出札・改札・精算を兼ねるラッチが設けられている。駅の両側に出られる構造で、待合室は改札内に設置されなかった。駅本屋の総床面積は1,195平方メートルである。
  • 改札階とホームを結ぶエレベーターと上りエスカレーターが設置されている(下りエスカレーターは無い)。
のりば

番線 路線 方向 行先
1 東北・秋田新幹線・北海道新幹線 下り 盛岡・秋田・新青森・新函館北斗方面
2 東北新幹線 上り 仙台・大宮・東京方面


在来線
  • 単式ホーム1面1線を有する地上駅。新幹線から在来線への乗り換えは、いったん新幹線改札から出場し、駅舎玄関を出てから県道286号東和花巻温泉線を潜る地下道を通る。
  • エレベーターやエスカレーターの設置はないが、車椅子専用の階段昇降機が併設されている。
  • 簡易Suica改札機が設置されている。新幹線窓口でも乗車券を発売しているが、当ホームにもきっぷうりばがあり、日中のみ駅員が配置され携帯型車内補充券端末機を使用してきっぷの発売が行われていた。簡易券売機の設置により、2015年1月24日より在来線ホームでの出札業務は中止され、現在は簡易券売機からタッチパネル式自動券売機(オレンジカード対応)へ置き換えられている。簡易券売機設置当初は改札業務のみ継続されていたが、現在は終日無人駅となっている。
  • かつて運行されていた臨時快速「SL銀河」の当駅接近から発車までの間に限り、上記の「星めぐりの歌」をアレンジしたものが流れていたが、ふるさとチャイムや現在の新幹線ホームの発車メロディとはアレンジが異なっていた。

歴史
  • 1984年(昭和59年)1月10日:着工。
  • 1985年(昭和60年)
    • 2月12日:工事完了。
    • 3月14日:開業。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となる。
  • 1997年(平成9年)3月22日:速達型やまびこ停車開始。
  • 2014年(平成26年)
    • 9月9日:新幹線駅舎と釜石線ホームを結ぶ地下連絡通路、釜石線ホームの壁面の改修工事に着手。
    • 10月14日:地下連絡通路および釜石線ホームの壁面がリニューアル。
  • 2020年(令和2年)3月14日:新幹線eチケットサービス開始。
  • 2021年(令和3年)3月13日:タッチでGo!新幹線のサービスを開始。
  • 2023年(令和5年)
    • 3月25日:新幹線ホームの発車メロディを、花巻出身の宮沢賢治が作詞作曲した「星めぐりの歌」に変更。
    • 5月27日:釜石線花巻駅方面においてICカード「Suica」の利用が可能となる。