富山地方鉄道立山線 五百石駅
五百石(ごひゃっこく)
田添五百石榎町
所在地 富山県中新川郡立山町前沢1172
駅番号  T46 
所属事業者 富山地方鉄道
所属路線 立山線
キロ程 3.7km(寺田起点)  
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員 827人/日(2019年)
開業年月日 1913年(大正2年)6月25日
駅種別 業務委託駅
五百石駅
五百石駅
旧・五百石駅舎 五百石駅ホーム
旧・五百石駅舎 五百石駅ホーム
改札口 改札からホームへは平面交差となっています
改札口 改札からホームへは平面交差となっています
五百石駅(ごひゃくこくえき)は、富山県中新川郡立山町前沢にある富山地方鉄道立山線の駅である。
駅番号はT46。案内などでは「ごひゃっこく」と読まれることもある。
立山線では起点の寺田駅から千垣駅までと終点立山駅の計12もの駅が属する立山町の中心部にある駅で、特急ならびに快速急行も停車する。
1983年8月下旬頃までは立山駅まで夏ダイヤ時限定で延長運転していた特急「北アルプス」も停車していた。
1913年(大正2年)6月25日に五百石駅として開業。富山県で中越鉄道、官営北陸本線に次ぐ2番目の鉄道路線として、立山軽便鉄道が滑川駅から上市駅を経て当駅までを開通させたのに伴い、その終着駅として当駅は開業した。立山軽便鉄道はその名のとおり軌間が762mmの軽便鉄道であった。
立山軽便鉄道は1917年(大正6年)に立山鉄道に改称、1921年(大正10年)、当駅から旧立山駅[1]までを開通。1931年(昭和6年)立山鉄道は富山電気鉄道に合併となり、この駅も富山電気鉄道の駅となる。
1931年(昭和6年)に富山電気鉄道は当駅を移転の上、富山田地方駅(現在の電鉄富山駅と稲荷町駅の間にあった駅)から上市口駅までと寺田駅から当駅までを開通させた。これにより当駅から上市口駅までは支線の扱いとなり、当駅と上市口駅の間を往復する列車が運行されるのみとなり1932年(昭和7年)12月21日に廃線となった。
1936年(昭和11年)には当駅から旧立山駅までが1067mmへ改軌の上、電化される。また1943年(昭和18年)1月1日には陸上交通事業調整法による富山県内各社の合併により当駅も富山地方鉄道の駅となった。その後、当駅は1959年(昭和34年)1月にいったん立山町駅に改称となったのち、1970年(昭和45年)7月に五百石駅に戻され、現在に至っている。

駅構造

駅舎から少しはなれて相対式ホーム2面2線のある地上駅で列車同士の行き違いが可能。立山線の寺田駅から岩峅寺駅までの間では、この駅のみ列車同士の行き違いができることになる。各ホームと駅舎とが、構内踏み切りで結ばれているほか、駅舎西側には地下道で連絡している。
この駅は立山町の中心部にあるため乗降客が多く、業務委託駅となっている。2020年時点で、6時50分 - 20時00分まで駅員が配置されているほか、ICカード専用改札機も設置されている。
当駅は、急行停車駅となっています。改札は、自動化されています。
駅の近くには、立山町役場、富山県立雄山高等学校、立山郵便局があり、立山町の中心部に位置します。
実は富山地方鉄道初代社長、佐伯宗義氏の地元がここなのです。そのせいか、実に立派な駅舎が建っています。
この駅もそうですが、富山地方鉄道の各駅にはたいへん個性があり、没個性的な駅舎ではなくそれぞれに表情があります。
しかも地方の私鉄としてはたいへん立派な駅舎が多いのが見どころとなっています。
現在の駅舎は、立山町の図書館などの各種社会機能を統合した建物に入っていて、平成24年6月1日より供用が開始されています。愛称は「みらいぶ」となっています。
旧駅舎は、大正2年(1913年)築の一階建て木造駅舎で、左右対称のデザインとなっていました。洋風だが瓦葺の屋根を持つ駅舎で、かなり珍しい建築物でしたが、取り壊されたために既に見ることはできません。

のりば

のりば 路線 方向 行先
1 立山線 上り 寺田・(本線経由)電鉄富山方面
2 下り 岩峅寺・立山駅方面

歴史

  • 1913年(大正2年)6月25日:立山軽便鉄道の滑川駅から上市駅をへて当駅までの開通に伴い五百石駅として開業する。
  • 1917年(大正6年):立山軽便鉄道が立山鉄道に改称となる。
  • 1921年(大正10年)
    • 3月19日:立山鉄道が当駅から旧立山駅までを開通させる。
    • 9月26日:暴風にて駅構内の貨車が押し流されて本線を暴走。脱線転覆。
  • 1931年(昭和6年)
    • 3月20日:富山電気鉄道が立山鉄道を合併し富山電気鉄道の駅となる。
    • 8月15日:富山電気鉄道が当駅を移転の上、富山田地方駅(現在の電鉄富山駅と稲荷町駅の間にあった駅)から上市口駅までと寺田駅から当駅までを開通。
  • 1932年(昭和7年)12月21日:当駅から上市口駅までが廃止。
  • 1936年(昭和11年)8月18日:当駅から旧立山駅までが1067 mmへ改軌の上電化される。
  • 1943年(昭和18年)1月1日:陸上交通事業調整法により富山地方鉄道の駅となる。
  • 1959年(昭和34年)1月1日:立山町駅に改称[3]。
  • 1970年(昭和45年)7月1日:五百石駅に改称[4]。
  • 1987年(昭和62年)9月18日:連絡運輸廃止[5]。
  • 1994年(平成6年)4月6日:東口と西口を繋ぐ地下道と西口広場が完成。
  • 2011年(平成23年)3月7日:駅舎のリニューアル工事開始。約98年間の歴史を持った旧駅舎は取り壊され、3月23日に起工式に着手した(当初の仮称は「元気創造館」)。
  • 2012年(平成24年)6月1日:「立山町元気交流ステーション(みらいぶ)」として、図書館等を統合した上で駅舎をリニューアル。
  • 2013年(平成25年)6月8日:同月30日まで、立山軽便鉄道開通100周年イベントを立山町元気交流ステーションで実施。