| 鶴岡(つるおか) |
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| 所在地 |
山形県鶴岡市末広町1丁目 |
| 所属事業者 |
東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 |
■羽越本線 |
| キロ程 |
139.4km(新津起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面3線 |
| 乗車人員 |
1,028人/日(2024年) |
| 開業年月日 |
1919年(大正8年)7月6日 |
| 駅種別 |
直営駅(管理駅) みどりの窓口 |
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| 鶴岡駅 |
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| ホームと跨線橋 |
駅名標 |
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| 改札口 |
E653系1000番台 |
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| 1番ホーム |
GV-E400系気動車 |
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鶴岡駅(つるおかえき)は、山形県鶴岡市末広町1丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)羽越本線の駅である。
山形県庄内地方にあり、県内第2の都市である鶴岡市の中心駅。特急「いなほ」(新潟駅 - 酒田駅・秋田駅)、観光列車「海里」(新潟駅 - 酒田駅)などの当駅を通るすべての旅客列車が停車する。
庄内地方を代表する駅であるが、両隣の駅間は共に単線で、信号場(西鶴岡信号場・幕ノ内信号場)に挟まれた駅である。
以前、当駅では酒田駅・新津駅とともに、列車接近時には接近メロディが流れていたが、2023年(令和5年)9月22日をもって使用を終了した。また、新潟支社で流れる接近放送の他に、首都圏で流れる補助放送が流れる。
現在は長岡駅で使用されている短いチャイムが流れる。
なお、それより以前は首都圏で広く使われていたユニペックスの「清流」が使われていた。
また、以前は庄内交通の湯野浜線が乗り入れており、現在の跨線橋の2・3番線側の先に湯野浜線ホームへの跨線橋が延び、現在の3番線の北側に湯野浜線の島式ホーム(4番線)があり、駅東側(酒田・秋田側)には電車庫があった。
現在ホーム跡には庄内丸と書かれた生活協同組合共立社の水産加工センターが建っている。
また、秋田営林局専用線、日本通運専用線、昭和石油専用線、庄内経済連と共同石油の共用専用線、さらに住友セメント専用線も敷設されていた。
鶴岡および出羽三山への玄関口であるとして、2002年(平成14年)に、東北の駅百選に選定された。
歴史
- 1918年(大正7年)9月21日:陸羽西線の余目 - 当駅間の開通時に、赤川を挟んだ藤島町大半田に仮駅を開設。
- 1919年(大正8年)
- 7月6日:内川橋梁が完成、仮駅から1.8キロメートル延伸して、現在地に移転。
- 12月5日:当駅 - 羽前大山間が延伸開通。
- 1924年(大正13年)4月20日:羽越線の駅となる。
- 1925年(大正14年)11月20日:支線となる赤谷線の開業に伴い、羽越本線の駅となる。
- 1929年(昭和4年)12月8日:庄内電気鉄道湯野浜線・当駅 - 湯野浜温泉(仮)間が開通。
- 1970年(昭和45年)
- 荷物積卸業務を外部委託。
- 1月:みどりの窓口を開設。
- 1975年(昭和50年)4月1日:庄内交通湯野浜線が全線廃止。
- 1977年(昭和52年):荷物フロント業務を外部委託。
- 1978年(昭和53年)12月:新駅舎(現駅舎)が落成し、6日に竣工式を挙行。
- 1986年(昭和61年)
- 10月20日:貨物の取扱を廃止し、旅客駅となる。
- 11月1日:荷物の取扱を廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化、国鉄新潟管理局からJR東日本新潟支社に移管。
- 2005年(平成17年)12月8日:自動改札機を導入。
- 2006年(平成18年)2月28日:ホーム上にエレベーターを設置。
- 2008年(平成20年)12月21日:指定券券売機を導入。
- 2012年(平成24年)6月24日:鶴岡市藤島庁舎保管の忠犬ハチ公試作石膏像が展示開始。毎年4月15日から翌年2月15日まで公開。
- 2014年(平成26年)2月28日:駅舎の内外装リニューアルが完成(山形ディスティネーション(DC)に向けて)。
- 2018年(平成30年)3月30日:びゅうプラザの営業を終了。
- 2019年(令和元年)
- 6月21日:コンビニNewDays、居酒屋「庄や」がテナントとして出店。
- 10月1日:待合室をリニューアル。
- 10月5日:テナントとして菓子店「木村屋」が出店。
- 2022年(令和4年)3月12日:直営の当駅・酒田駅(酒田地区センター)と酒田運輸区の機能を統合した「庄内統括センター」の管理下に移管。
- 2024年(令和6年)10月1日:余目方面でえきねっとQチケのサービスを開始。
再開発事業
鶴岡市では駅前地区と中心市街地において商店街が古くから形成されてきたが、大型店の進出によって既存商店街との競合が激化し、商業活動に様々な影響を及ぼしていた。
市ではそうした状況を踏まえて広域商業診断を実施し、その提言をもとに駅前地区の再開発を目的に、1974年度(昭和49年度)に「鶴岡駅前地区市街地再開発基本計画」を策定している。
鶴岡駅前再開発事業とは、駅前地区の区域約2.8ヘクタールを3つの施行地区・4つの街区に分け、市施行・民間施行の地区別事業施行とし[7]、1983年(昭和58年)2月に都市計画の決定が告示され、翌年5月には事業計画も告示された。
市施行である都市計画道路、鶴岡駅前広場および施設建設物であるマリカ東館、西館の整備には事業費約102億円が費やされ、マリカの管理運営にあたっては、市が50%を出資した第三セクターである鶴岡再開発ビルが担う手法が採用された。
個人施行である鶴岡駅前A街区第一種市街地再開発事業(棟名:鶴岡末広ビル)は事業費31億78百万円(うち補助金3億24百万円)を投じ地下1階、地上5階のテナントビルが建設。
さらに、同様に個人施行である鶴岡駅前B街区第一種市街地再開発事業(棟名:鶴岡パークビル)は事業費12億77百万円(うち補助金1億14百万円)を投じ、地上6階建のビルを建設し駐車場のほか店舗を設置するとした。
1985年(昭和60年)3月には、鶴岡末広ビルにジャスコ鶴岡店がキーテナントとしてオープンしたほか、鶴岡パークビルも開業した。次いで1987年(昭和62年)7月には、鶴岡ワシントンホテルや、土産物店さらにオフィスや産業振興センターなど公共施設が入る地下1階、地上8階のマリカ西館が開業し、続いて同年9月にはジャスコ鶴岡店を中核に地元専門店など25店舗や、300台の収容が可能な駐車場を備えた地下1階、地上6階のマリカ東館が開業した。マリカ西館および東館は空中通路で結ばれた。
ジャスコ鶴岡店とマリカの全面開業によって、鶴岡駅前はすでに開業していた庄交モール(現:エスモール)と共に商業集積は高まり既存商店街との回遊性も高まった。
しかし、1990年代後半に入ると幹線道路沿いの郊外に大型ショッピングモールが出店したことで状況に変化が見られた。
2001年(平成13年)8月3日に、市街地に隣接する三川町猪子地区の国道7号三川バイパス沿いに総合スーパー大手のジャスコ(現:イオンリテール)が当時としては県内最大級の商業施設面積を擁するイオン三川ショッピングセンター
(現:イオンモール三川)を開業している。
多層階で駐車場も少ない駅前立地型のジャスコ鶴岡店からは徐々に客足が遠のいて採算割れに陥り、庄交モールのキーテナントであったダイエー鶴岡店は、イオン三川SCからの影響で売り上げ不振となり、2002年(平成14年)8月31日に撤退している。
2004年(平成16年)11月には、イオンは採算割れが続くジャスコ鶴岡店に関し、入居先の鶴岡末広ビルとの20年間の賃貸借契約が切れる翌年3月末で、契約を更新せず撤退する旨を地権者に通告した。
2005年(平成17年)3月末で同店は撤退し、借主の退去により用途を失った鶴岡末広ビルは解体された。
翌2006年(平成18年)6月には、市がビル跡地を市土地開発公社を通じて取得し、公園などを整備したいとの意向を表明し、2007年(平成19年)3月にはマリカの管理運営にあたっていた鶴岡再開発ビルも、ジャスコの撤退によって経営難に陥り、鶴岡簡易裁判所に対して会社清算に向けた民事調停を申し立てるに至った。
2017年(平成29年)6月24日には、商業施設部門を廃止したマリカ東館の1階に、市と地元のまちづくり会社「Fu−Do(ふうど)」が1階部分の1420平方メートルを改装のうえ「つるおか食文化市場FOODEVER」を開業。同年7月1日には市が設置した観光案内所の開業によって、グランドオープンしている。
ジャスコ跡地売却の中止
2017年(平成29年)5月に、市は長らく更地状態となっていたジャスコ跡地に関し、複合型中高層集合住宅の整備の可能性を探る調査を行う方針を明らかにし、2019年(平成31年)4月に民間事業者への条件付き公募型土地売却で開発を進める方針を固め、5月に公募を開始した。
しかし、6月に発生した山形県沖地震の際に、用地の一部に液状化現象が起き、9月末の期限までに応募はなく、市は2020年(令和2年)1月末に事業の中止を決定した。
市では今後、駅前地区全体の将来像を見据えた新たな活用を検討するとしている。
駅構造
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する地上駅である。
互いのホームは跨線橋で連絡している。
庄内統括センター管理下の直営駅である。
統括センター化前は管理駅であったが、当駅は自駅のみの単駅管理となっていた(周辺の駅は酒田駅が管理)。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
備考 |
| 1 |
■羽越本線 |
上り |
村上・新津・新潟方面 |
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| 2 |
下り |
酒田・秋田・青森方面 |
当駅始発・待避列車 |
| 3 |
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駅設備(改札口、窓口など)
駅舎内にはみどりの窓口、指定席券売機、自動券売機が設置されている。
自動改札機が設置されている。えきねっとQチケを利用する場合は、QRコードを改札機にかざして通過する。
ただし、2024年(令和6年)10月1日現在は余目方面のみ対応している。
また、Suicaはエリア外であるため、両方向ともに利用できない。
2022年(令和4年)3月4日より改札内のトイレが閉鎖された。
駅舎施設
駅舎内には、待合室、NewDays、木村屋、コインロッカーなどがあり、駅改札口付近に直結している。
駅弁は、酒田駅で販売されている「鳥海釜めし」「ササニシキ弁当」があったが、現在取り扱われていない。国鉄時代は「太平食堂」の弁当が発売されていた。
「庄や」(居酒屋:大庄グループ)、駐輪場、公衆トイレなどがあるが、駅舎入口を一旦出る必要がある。
駅の北側は工場や物流施設が多く出口は設けられていないが、駅舎の東側に隣接する地下道が南北を結んでいる(トイレ付近)。
庄内交通湯野浜線
| 鶴岡(つるおか) |
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| 所属事業者 |
庄内交通 |
| 所属路線 |
湯野浜線 |
| キロ程 |
0.0km(鶴岡起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| 開業年月日 |
1929年(昭和4年)12月8日 |
| 廃止年月日 |
1975年(昭和50年)4月1日日 |
湯野浜線(ゆのはません)は、山形県鶴岡市の鶴岡駅から湯野浜温泉駅までを結んでいた庄内交通の鉄道路線である。
最盛期には通勤・通学客のほか、善宝寺の参拝客、湯野浜温泉の観光客、魚の行商などを輸送し、庄内米の鉄道貨物輸送等で活況を呈したが、モータリゼーションの波には勝てず1975年4月1日をもって廃止された。
歴史
- 1927年(昭和2年)8月2日:鉄道免許状下付(鶴岡市大字大宝寺-東田川郡山添村、鶴岡市大字新齋部-西田川郡加茂町間)
- 1928年(昭和3年)9月8日:庄内電気鉄道株式会社設立
- 1929年(昭和4年)12月8日:鶴岡 - (仮)湯野浜温泉間が開業
- 1930年(昭和5年)5月8日:(仮)湯野浜温泉 - 湯野浜温泉間が開業、(仮)湯野浜温泉駅廃止
- 1934年(昭和9年)5月14日:庄内電気鉄道が庄内電鉄に社名変更
- 1935年(昭和10年)6月5日:鉄道免許失効(鶴岡市大字大宝寺-東田川郡山添村間 指定ノ期限マテニ工事施工認可申請ヲ為ササルタメ)
- 1940年(昭和15年)7月1日:七窪駅開業
- 1943年(昭和18年)10月1日:庄内電鉄が庄内交通に譲渡
- 1948年(昭和23年)8月1日:安丹駅開業
- 1975年(昭和50年)4月1日:鶴岡 - 湯野浜温泉間が廃止
- 1980年(昭和55年)10月19日:善宝寺 - 湯野浜温泉間の軌道跡が自転車・歩行者専用道としてオープン。
この鉄道線の廃止に伴い、山形県の私鉄事業者は一旦消滅して国鉄線(→JR線)のみになったが、1988年10月25日に東日本旅客鉄道(JR東日本)長井線が第三セクター鉄道の山形鉄道フラワー長井線に転換されたため、12年ぶりに山形県にJR以外の鉄道路線が復活した。 |