磐城常葉駅(いわきときわえき)は、福島県田村市船引町今泉字田中にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)磐越東線の駅である。
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| 駅舎 |
相対式ホーム |
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| 待合室 |
乗車駅証明書発行機 |
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| 駅名標 |
旧駅舎 |
駅名について
「常葉」と名がつくものの、田村市常葉町(旧田村郡常葉町)には所在しておらず、常葉町の中心へは約4キロの距離がある。これには次の経緯がある。
本来の計画では常葉町七日市場地区に駅が設けられ、同町関本地区を経由して大越駅に抜ける予定であったが、鉄道敷設に反対の声が上がった。それは三春町から物資の輸送を担当していた60台からなる馬車組合と農地の解放を渋る農民であった。
また、政治的な感情も鉄道敷設問題に影響した。当時、憲政会と立憲政友会の対立が強まりつつあった。
常葉町民は明治初期に当地の戸長を歴任した河野広中を絶対支持しており、河野が所属する憲政会の勢力が強い地域であった。
そこで憲政会を支持する町民は、この鉄道敷設計画は憲政会と対立する立憲政友会の西園寺公望を総理とする政府の計画であるとして反対運動を展開した。この結果、計画は変更となり常葉町を避けて敷設された。(参考:福島県史17)
常葉町の町民は、開業後に鉄道の利便性と重要性に気づき、町から最短距離にある船引町今泉地区に町名を冠した駅の設置を請願した。
その際に駅敷地を町民の寄付によって提供することを条件とし、1921年(大正10年)に開業した。
当駅が磐越東線の全通(1917年〈大正6年〉)よりあとの開業であるのも上記の理由による。
なお、常葉町の中心から当駅までは距離があり、客馬車の便がある船引駅へ出るほうが容易なくらいであったため、常葉町民は当駅の設置後も利便性を受益できず、省線の町への引き込み運動を展開したが不調に終わった。
それでもあきらめきれなかった町民有志は常葉軌道株式会社を設立し、常葉町中心部と磐城常葉駅をつなぐ計画を立てた。
常葉軌道は軌道敷が竣工し、列車の試運転を行い開業寸前だった昭和8年に経営不振から解散することとなった。(参考:常葉町史)
年表
- 1921年(大正10年)4月10日:開業。
- 1962年(昭和37年)3月15日:貨物の取り扱いを廃止。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物の扱いを廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。
- 1989年(平成元年)3月11日:全線CTC化に伴い、無人駅化(簡易委託化)。
- 2007年(平成19年)3月1日:簡易委託を中止し、無人化。農協・簡易郵便局も閉鎖。
- 2012年(平成24年)12月6日:新駅舎が完成。
- 2016年(平成28年)4月1日:三春駅の業務委託化により、管理駅を郡山駅に変更。
- 2024年(令和6年)10月1日:えきねっとQチケのサービスを開始。
駅構造
単式ホーム1面1線を有する地上駅である。
もともとは1面2線で、旧下り線(2番線)を使用している。
2020年(令和2年)2月8日に使用開始された駅舎は鉄骨造1階建て延べ床面積約34平方メートルで、近くにある入水鍾乳洞をイメージした石調の仕上げ材を用い、また磐越東線の分水界にあることから水が両側に流れていくことを表現した屋根の形状を採用している。
郡山駅管理の無人駅である。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
| 1 |
■磐越東線 |
下り |
郡山方面 |
| 2 |
上り |
いわき方面 |
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