JR北海道 美瑛駅
美瑛(びえい)
富良野線 北美瑛 美瑛 美馬牛
所在地 北海道上川郡美瑛町本町1丁目1
駅番号 F37
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道))
所属路線 富良野線
キロ程 23.8km(旭川起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員 473人/(2019年)
開業年月日 1899年(明治32年)9月1日
駅種別 業務委託駅 みどりの窓口
美瑛駅
美瑛駅
ノロッコ号と駅名標 出札窓口
ノロッコ号と駅名標 出札窓口
キハ150形気動車 跨線橋
キハ150形気動車 跨線橋
跨線橋 H100形気動車
跨線橋 H100形気動車
美瑛駅(びえいえき)は、北海道上川郡美瑛町本町(もとまち)1丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)富良野線の駅。
事務管理コードは▲121707。駅番号はF37。

歴史

  • 1899年(明治32年)
    • 9月1日:北海道官設鉄道十勝線旭川駅 - 当駅間開業にともない設置。一般駅。
    • 11月15日:当駅 - 上富良野駅間延伸開業。
  • 1905年(明治38年)4月1日:鉄道作業局に移管。
  • 1909年(明治42年)10月12日:所属路線が釧路線に改称。
  • 1913年(大正2年)11月10日:所属路線が富良野線に改称。
  • 1949年(昭和24年)6月1日:公共企業体である日本国有鉄道に移管。
  • 1951年(昭和26年)9月:旧駅舎が手狭になったため、駅舎改築を決定。
  • 1952年(昭和27年)1月30日:美瑛軟石を用いた現駅舎が竣工。
    • 総工費404万円中、町が113万3000円を負担した。
  • 1954年(昭和29年)
    • 月日不詳:4名の町民が在町50年を記念して大時計を寄贈し、駅舎正面玄関上に掲げる。
    • 9月26日:台風15号(洞爺丸台風)により大時計が駅舎片屋根と共に飛散。
  • 1959年(昭和34年)12月15日:美瑛町開町60年を記念し、5名の町民が再度大時計を寄贈し、駅舎正面玄関に掲げる。
  • 1960年(昭和35年)1月:職員宿舎2棟6戸建設。
  • 1961年(昭和36年)5月20日:国鉄合理化のモデルケースとして、美瑛駅に6中間駅を含む経営と、従来旭川保線区美瑛線路分区が担っていた保線業務(保線班)を統括させる美瑛運輸区を設置。
  • 1962年(昭和37年)10月:美瑛町農業協同組合専用線(186 m)新設。
  • 1964年(昭和39年)
    • 6月1日:前年に町と旭川鉄道管理局で協定が結ばれ、同年5月17日に建設省から許可された駅前広場造成事業(駅前広場や周辺街路の舗装等)に着手。同年は総事業量の65%を施行し、残りは翌年度施工(当初計画)。
    • 9月:4番線土場を舗装。
  • 1965年(昭和40年)
    • 10月:駅前広場完成。
    • 12月:色灯式信号機に変更。
  • 1966年(昭和41年)
    • 1月31日:「所期の目的を達成」として美瑛運輸区廃止。旭川保線区美瑛線路分区を分離。
    • 11月:女性専用便所新設。
  • 1967年(昭和42年)10月:4番線土場の舗装を拡大。
  • 1968年(昭和43年)10月:駅上下ホーム舗装、駅宿舎1棟改築。
  • 1982年(昭和57年)11月15日:貨物取扱い廃止。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:荷物取扱い廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
  • 2024年(令和6年)4月1日:業務委託化。

駅名の由来

駅名は町名が由来している。町名は美瑛川が由来している。
美瑛川はアイヌ語の「ピイェ(piye)」(油〔=油っこい、油ぎっている〕)が原義であり、水源が火山地帯のため水に硫黄が溶け込んで濁り、脂ぎったように見えた様からついた名である。

駅構造

2面2線の相対式ホームをもつ地上駅。ホーム間の移動は跨線橋を使う。
駅舎は富良野方に向かって左側のホームに隣接して設けられている。
現駅舎は1952年(昭和27年)に新築竣工した平屋鉄骨鉄筋石造(290.5 m2)で、当時国鉄旭川鉄道管理局建築課に在籍していた新田進が設計した。
国鉄時代の駅舎としては珍しい石造であり、合計3,400才(≒6.133 m3)の美瑛軟石が用いられている。
北海道ジェイ・アール・サービスネットによる業務委託駅であり、みどりの窓口が設置されている。