JR北海道 茂尻駅
茂尻(もしり)
根室本線   赤平 茂尻 平岸
所在地 北海道赤平市茂尻元町南2丁目
駅番号  T24
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
日本貨物鉄道(JR貨物)
所属路線 根室本線
キロ程 17.2km(滝川起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗降人員  56人/日(2014年)
開業年月日 1918年(大正7年)12月28日
駅種別 無人駅
茂尻駅
茂尻駅
駅名標 跨線橋
駅名標 跨線橋
待合所 島式ホーム
待合所 島式ホーム
跨線橋と駅舎 キハ40形気動車
跨線橋と駅舎 キハ40形気動車
茂尻駅(もしりえき)は、北海道赤平市茂尻(もじり)元町南2丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)根室本線の駅である。
駅番号はT24。電報略号はモシ。事務管理コードは▲130403。
かつては急行列車「狩勝」「そらち」の停車駅だった。
明治44年創業の財閥企業の一つであった株式会社大倉組から大正7年に大倉鉱業株式会社が独立し、当時は下平岸と呼ばれていたこの地に茂尻炭砿を開坑するに当たって、当駅の開設及び同社の資金による選炭場までの岐線の敷設許可を申請した。
この結果、当駅及び岐線は同時に開設されることとなり、大正7年7月13日に茂尻炭砿の萬慶坑の開坑となった。
後に大倉組の撤退と茂尻炭礦株式会社の独立、三菱鉱業系列の雄別炭礦鉄道による買収と所有者は変遷したが、同鉱閉山まで当駅はこの炭鉱を中心として運用されて来た。

歴史

  • 1918年(大正7年)
    • 12月25日:茂尻炭砿岐線試運転。
    • 12月28日:鉄道院釧路本線(→根室本線)上赤平駅(→赤平駅)-平岸駅間に一車積貨物のみを扱う貨物駅として開業。茂尻炭砿より運炭列車初運行(室蘭向け24t車4両)。
  • 1926年(大正15年)7月15日:旅客・荷物の取扱いを開始し、一般駅となる。
  • 1929年(昭和4年)12月26日:萬慶坑、辨慶坑、一之沢坑の各坑口より選炭場までの馬車軌道(輪車路)が坑外電車軌道となる。
  • 1958年(昭和33年)3月25日:跨線人道橋設置。
  • 1969年(昭和44年)5月30日:雄別炭礦茂尻炭砿閉山(同年8月に茂尻炭礦株式会社柏炭鉱として分離独立、ただし表層の露頭炭の採掘のみ行う。)
  • 1974年(昭和49年)10月24日:茂尻炭礦柏炭鉱閉山。岐線廃止。
  • 1976年(昭和51年)2月1日:貨物取扱い廃止(旅客駅となる)。
  • 1982年(昭和57年)5月30日:荷物取扱い廃止。駅員無配置駅となる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。

駅名の由来

所在地名より。所在地名の読みは「もじり」であるが、駅名は開業当初より「もしり」である。
地名は、現在の桂川を指すアイヌ語の「モシリケソマナイ(mosir-kes-oma-nay)」(島・の末端・にある・川)の上部に由来する。
この「モシリ」は空知川にあった川中島のことで、この付近でこの川のほか、「モシリパオマナイ(mosir-pa-oma-nay)」(島の・上手・にある・川)「モシンノㇱケオマナイ(mosin-noske-oma-nay)」(島の・中央・にある・川)の三本が合流していた。

駅構造

1面2線の島式ホームを持つ地上駅。
無人駅である。
河岸段丘の崖のふちに線路があるため、駅舎には階段を上っていかなければならない。

のりば

番線 路線 方向 行先
1 根室本線   下り 富良野・東鹿越方面
2 上り 滝川方面