JR北海道 上芦別駅
上芦別(かみあしべつ)
根室本線   芦別 上芦別 野花南
所在地 北海道芦別市上芦別町
駅番号  T27
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 根室本線
キロ程 30.5km(滝川起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗降人員  32人/日(2014年)
開業年月日 1920年(大正9年)1月16日
駅種別 無人駅
上芦別駅
上芦別駅
駅名標 跨線橋
駅名標 跨線橋
待合所 キハ40形気動車
待合所 キハ40形気動車
駅舎と跨線橋 キハ40形気動車 道東森の恵み
駅舎と跨線橋 キハ40形気動車 道東森の恵み
上芦別駅(かみあしべつえき)は、北海道芦別市上芦別町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)根室本線の駅である。
駅番号はT27。電報略号はミヘ。事務管理コードは▲130406。
かつては急行「狩勝」の停車駅で、1972年(昭和47年)までは急行「そらち」(初代)の発着駅でもあった。
昭和30年前後には、貨物の取り扱いが全国でも有数の量を誇る駅となっていた。

歴史

  • 1917年(大正6年)11月:三菱合資会社(後の三菱鉱業)第一坑まで分岐線2.4km敷設。12月運炭開始。
  • 1920年(大正9年)1月16日:鉄道院釧路本線(→根室本線)の駅として、下芦別駅(→芦別駅) - 野花南駅間に新設(一般駅)。同時に三菱鉱業第三坑(六線沢/加藤ノ沢)までの専用線4.7km運用開始。
  • 1932年(昭和7年)9月:三菱鉱業第一坑閉鎖。
  • 1933年(昭和8年)9月:三菱鉱業第二坑、第三坑閉鎖、三菱鉱業上芦別炭鉱休山。
  • 1934年(昭和9年)11月:帝室林野局上芦別出張所が芦別森林鉄道31.2kmを竣工。
  • 1937年(昭和12年):空知川対岸の金剛地区から山崎幸輔(後に東芦別炭鉱を設立)が索道を設置して運炭。
  • 1938年(昭和13年):山崎幸輔が当駅隣接の貨車積み込み貯炭庫設置。
  • 1944年(昭和19年)11月:明治鉱業が東芦別炭鉱(山崎幸輔)を買収。明治鉱業上芦別鉱業所設立。
  • 1949年(昭和24年)
    • 6月1日:公共企業体である日本国有鉄道に移管。
    • x月x日:明治鉱業が当駅に隣接して選炭場を設置し、空知川鉄橋及び輪車路(専用軌道)を敷設。同時に索道廃止。
    • 12月24日:三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道 上芦別 - 辺渓間開通。
  • 1954年(昭和29年):三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道 辺渓 - 辺渓三坑間開通。
  • 1961年(昭和36年):芦別森林鉄道廃止。中間地点に北菱炭鉱の運炭用3.8kmを残して軌道撤去。トラック輸送に切り替え。
  • 1963年(昭和38年)1月31日:明治鉱業上芦別鉱業所閉山。
  • 1964年(昭和39年)3月:三菱鉱業芦別鉱業所閉山に伴い専用鉄道廃止。
  • 1975年(昭和50年)2月1日:貨物取扱を専用線発着車扱貨物に限定。
  • 1982年(昭和57年)
    • 5月30日:貨物・荷物扱い廃止。無人(簡易委託)化。
    • 12月31日:駅舎を改築。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
  • 199x年:簡易委託廃止、完全無人化。

駅名の由来

下芦別駅(現:芦別駅)より空知川の上流にあることから。
なお、1939年(昭和14年)4月1日に芦別村(当時)で行われた字名改正で、当駅周辺の字名は「上芦別」から「富岡」に変更となっており、1943年(昭和18年)に同様に字名と駅名が不一致となった町内他駅と併せて当駅を「富岡」へ改名することが芦別町(当時)当局から鉄道当局へ陳情されているが、1946年(昭和21年)5月1日の下芦別駅を芦別駅、奔茂尻駅の滝里駅改称の際に当駅は改称がなされず、また地区内で郵便局なども改名されず定着しなかったため、1955年(昭和30年)9月に字名を廃止した際に「上芦別町」となって現在に至っている。

駅構造

島式ホーム1面2線を持つ地上駅。
ホームへの連絡は跨線橋を有する。
無人駅。
自動券売機は設置されていない。
かつては三菱鉱業や明治鉱業からの石炭積み出し駅として栄えていたため構内は広い。

のりば

番線 路線 方向 行先
1 根室本線   下り 富良野・東鹿越方面
2 上り 滝川方面