JR奥羽本線 横手駅
横手(よこて)
奥羽本線 醍醐 横手 後三年
所在地 秋田県横手市駅前町5-1
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
日本貨物鉄道(JR貨物)
駅構造 地上駅(橋上駅)
ホーム 3面4線
乗車人員  1,064人/日(2024年)
開業年月日 1905年(明治38年)6月15日
 乗入路線 2 路線
所属路線 奥羽本線
キロ程 228.3km(福島起点)
所属路線 北上線
キロ程 61.1km(北上起点)
駅種別 直営駅(管理駅) 話せる指定席券売機設置駅
横手駅
横手駅
キハ110形気動車 改札口
キハ110形気動車 改札口
待合所 跨線橋からホーム
待合所 跨線橋からホーム
コンコース 駅名標
コンコース 駅名標
横手駅(よこてえき)は、秋田県横手市駅前町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅である。

乗り入れ路線

奥羽本線と北上線が乗り入れており、奥羽本線を所属線としている。北上線は当駅が終点である。
なお、奥羽本線の当駅から秋田方面と、北上線はJR貨物の第二種鉄道事業区間でもあり、当駅は貨物駅としても扱われているが、現在は貨物列車の発着のない新営業所に移行している。

歴史

開業に至るまで

1891年(明治24年)7月の「鉄道政略二関スル議」において、全国的な官設鉄道敷設の必要性が述られ、翌年6月14日に帝国議会から鉄道敷設法が公布された。ここで、福島から山形、秋田を経て青森へと至る奥羽線の構想が示されるが、秋田県南地区では、奥羽線の横手経由派と浅舞経由派で対立が発生した。浅舞(当時の浅舞村、後の浅舞町→平鹿町浅舞→横手市平鹿町浅舞)は平鹿郡の中心部に位置し、郡内物資の集散地として発展してきたが、1881年(明治14年)に角間川街道・平和街道の開通により物資集散ルートが変わると、浅舞に代わり横手が平鹿郡の商都として発展したという背景がある。両路線の経由地は以下の通り。
  • 浅舞経由:湯沢 - 森 - 仁井田 - 鼎 - 上鍋倉 - 浅舞 - 下吉田 - 田根森 - 角間川 - 大曲
  • 横手経由:湯沢 - 岩崎 - 十文字 - 醍醐 - 横手 - 睦成 - 金沢 - 大曲
両ルートの形状は弓の弦と弧に例えられ、浅舞経由であれば直線的で短距離、横手経由であれば曲線で若干の大回りとなる。両者では誘致合戦が繰り広げられたが、最終的に横手経由で決定した。横手は平鹿郡の郡役所所在地であり、また同郡の政治・経済の中心地、平和街道などを擁する県下第二の商都であったため、横手は鉄道路線から外せなかったと推測される。また、鉄道敷設法により、黒尻沢(北上)もしくは花巻から横手に至る路線を第二期予定線としていたことや、誘致合戦の際に県会議員が浅舞に居なかったこと、横手の沼田宇源太(弁護士)らが関係者に働きかけたこと、角間川で地主らが田畑が鉄路に転換されることを拒み、反対していたことなども影響した。
奥羽線の敷設は、北は1893年(明治26年)7月に青森から、南は翌年2月に福島から始まり、日清戦争による建設中断などを経て、1903年(明治36年)に入ると、奥羽北線の敷設工事が横手にまで進んだ。しかし、日露戦争の勃発により、奥羽北線は大曲まで、南線は院内まで開通したところで工事が止まってしまった。その後、1905年に大曲 - 横手間が開通し、1905年(明治38年)6月15日に横手駅は開業した。

年表

  • 1905年(明治38年)6月15日:国有鉄道の一般駅として平鹿郡横手町(1951年市制施行)に開業。
  • 1918年(大正7年)8月18日:横荘鉄道線(後の羽後交通横荘線)の駅が開業。
  • 1920年(大正9年)10月10日:西横黒軽便線(後の北上線)が開業。
  • 1922年(大正11年)3月15日:上野 - 青森間を奥羽本線経由で運行する急行列車が設定され、停車駅となる。
  • 1924年(大正13年)11月:横黒線(後の北上線)全通に合わせ、駅舎を改築。
  • 1945年(昭和20年)
    • 7月15日:駅前地区空襲。
    • 8月5日:駅前地区、2度目の空襲。駅構内の貨物室が爆風を受け、国鉄職員1名死亡。
  • 1947年(昭和22年)8月14日:昭和天皇の戦後巡幸。お召し列車が停車し、駅前奉迎が行われた。
  • 1961年(昭和36年)10月1日:「サンロクトオ」と称された大規模ダイヤ改正で東北本線・奥羽本線経由の特急「つばさ」が1往復設定され、特急停車駅となる。
  • 1968年(昭和43年)10月1日:みどりの窓口を開設。
  • 1970年(昭和45年)7月1日:当駅に停車する臨時寝台特急として「あけぼの」を設定(同年10月1日からは定期列車に格上げ)。
  • 1971年(昭和46年)4月20日:羽後交通横荘線が廃止。
  • 1974年(昭和49年)
    • 1月16日:四八豪雪により、上り寝台特急「あけぼの」が当駅で2日間足止め。奥羽本線は4日間、北上線は1週間運休。除雪夫では手に負えず自衛隊に出動を要請し、駅構内の人力での除雪作業を実施。
    • 4月1日:電報取扱廃止。
  • 1978年(昭和53年)11月1日:駅舎改築。完工式が行なわれる。
  • 1979年(昭和54年)8月11日:駅前広場の完工式が行なわれる。
  • 1986年(昭和61年)
    • 11月1日:貨物・荷物の取り扱いを廃止。
    • 12月20日:直営のハンバーガーショップ「パナデリア・アッキー」開店。
  • 1987年(昭和62年)
    • 3月31日:貨物の取扱を再開。ただし、貨物列車の発着はないままであった。
    • 4月1日:国鉄分割民営化により、JR東日本・JR貨物の駅となる。
  • 1988年(昭和63年)3月13日:直営のクリーニング店「JRクリーニング横手店」開店。
  • 1990年(平成2年)3月10日:JR貨物の駅でコンテナ貨物の取り扱いを開始。
  • 1992年(平成4年)7月1日:山形新幹線開業により在来線特急としての「つばさ」を廃止し、代替として新幹線接続特急「こまくさ」の運転を開始。
  • 1996年(平成8年)
    • 3月16日:JR貨物の駅が、貨物列車発着の廃止により自動車代行駅となる。
    • 3月30日:秋田新幹線の開業に向けて田沢湖線の改軌工事を行うため、同線が全面運休開始。またこれに伴いそれまで運行されていた「たざわ」の代替として、秋田駅から当駅経由で北上駅まで新幹線接続特急「秋田リレー」の運行が開始された。
  • 1997年(平成9年)
    • 3月21日:翌日の秋田新幹線開業に先立ち、この日限りで「秋田リレー」運行終了。
    • 3月22日:秋田新幹線開業に伴い「あけぼの」の経由線区が変更となり、当駅から首都圏に直通する定期優等列車が消滅。
  • 1999年(平成11年)12月4日:山形新幹線が新庄駅まで延伸されたことにより特急「こまくさ」は快速列車に格下げされ、当駅に停車する定期特急・急行列車が消滅した。
  • 2005年(平成17年)6月12日:開業100周年を記念し、記念イベント開催。「リゾートしらかみ」の延長運転も行われた。
  • 2006年(平成18年)4月1日:JR貨物横手オフレールステーション開設。
  • 2009年(平成21年)9月30日:直営のハンバーガーショップ「パナデリア・アッキー」が閉店。
  • 2010年(平成22年)6月28日:橋上駅舎への改築工事に伴い、旧駅舎の撤去工事と仮駅舎での営業を開始。
  • 2011年(平成23年)
    • 9月26日:橋上駅舎の使用を開始。これに伴い自動改札機は始発から、指定席券売機は5時30分から使用を開始した。
    • 10月1日:東西自由通路の使用を開始。同時に発車メロディが地元ゆかりの作家石坂洋次郎原作で知られる映画「青い山脈」の主題曲に変更された。
  • 2017年(平成29年)3月31日:びゅうプラザ横手駅が閉店。
  • 2018年(平成30年)4月1日:横手オフレールステーションが横手新営業所に改称。
  • 2020年(令和2年)2月10日:改札前に「横手発!小みやげ自販機」が設置される。
  • 2021年(令和3年)
    • 8月31日:みどりの窓口の営業を終了。
    • 9月1日:話せる指定席券売機を導入。
  • 2022年(令和4年)3月12日:横手駅と横手運輸区を統合し、横手統括センターとなる。横手統括センター所長が横手駅長兼務となる。
  • 2023年(令和5年)
    • 3月18日:横手統括センターに大曲駅を統合し、横手・大曲統括センターとなる。県南地区駅長が大曲駅長兼務から横手・大曲統括センター所長兼務に変更となる。
    • 8月5日:ジェラート店「Stella」が開業。
    • 10月4日:横手・大曲統括センターと横手警察署が合同で、当駅にて不審者対応訓練を実施。
  • 2024年(令和6年)
    • 4月10日:JR東日本が今年創設した賞「地域共創アワード」で、ジェラート店「Stella」の運営する取り組みが、最優秀賞に次ぐ優秀賞に選ばれた。
    • 10月1日:えきねっとQチケのサービスを開始。
  • 2025年(令和7年)1月22日:駅名標が「かまくら」を盛り込んだものに変更となる。

駅構造

単式ホーム2面2線と島式ホーム1面2線、合計3面4線のホームを持つ地上駅で、橋上駅舎を持つ。
横手・大曲統括センター所在駅(直営駅)。管理駅として、従前の横手管理駅エリアである奥羽本線の院内駅 - 飯詰駅間および北上線の黒沢駅 - 相野々駅間の各駅を管理している。
駅舎は構内東側にある。2階に自動改札機(Suica非対応、えきねっとQチケ対応)、話せる指定席券売機、自動券売機、待合所が設置されている。ジェラート店「Stella」は、高校生を対象としたキャリア教育の一環として、JR東日本と一般社団法人Sail On Japanが企画したもので、ジェラートの製造や販売を高校生らが担っている。現在は駅弁の販売はない。
廃線となった羽後交通横荘線のホームが現在でも4番線として利用されている。ここはやや狭くなっている。4番線の向かいにも番線表記のない線路があるが、これは廃線となった羽後交通横荘線の名残りである。
駅構内に横手・大曲統括センター乗務ユニットが併設されている。また、転車台があり、奥羽本線や北上線でSLが運行される際に方向転換に使用されている。
東口に隣接してNewDaysが営業を行なっている。また、横手市による施設として、東口駅舎の1階に総合ラウンジ(観光案内所)、西口1階には交流スペースが設けられている。

のりば

番線 路線 方向 行先  備考
1 北上線  上り ほっとゆだ・北上方面   
2 奥羽本線   湯沢・新庄方面 一部列車は3・4番線
3 下り 大曲・秋田方面 一部列車は1番線 
4 (路線表記なし)   一部列車および臨時列車のみ使用 

付記事項
  • 2番線は奥羽線下り・奥羽線上り出発信号機があるため奥羽線折り返しが可能。
  • 3・4番線は奥羽線下り・奥羽線上り・北上線出発信号機があるため奥羽線折り返し、北上線直通が可能である。
  • 夜間留置が設定されている。

横手新営業所(JR貨物)

横手新営業所は、旅客駅舎南側にあるJR貨物横手駅に属するコンテナ集配基地である。12フィートのコンテナ貨物を取扱っており、貨物列車代替のトラック便が秋田貨物駅との間で1日2往復運行されている。おもな発送品目は米である。
当駅はかつて貨物列車が発着していたが、1996年(平成8年)にトラック代行輸送に転換され自動車代行駅となった。その後2006年(平成18年)の名称整理の際に「横手オフレールステーション」(略称、横手ORS)となり、2019年3月時点では業態規模が見直され「横手新営業所」を名乗っている。
1996年(平成8年)3月まで、当駅取扱貨物の輸送のために当駅 - 秋田貨物駅間に1往復の高速貨物列車(1995年の時点ではコンテナ車8両編成)が運行され、秋田貨物駅で各方面の列車とコンテナの継送が行われていた。他に、2010年(平成22年)3月まで北上線経由で秋田貨物駅と仙台貨物ターミナル駅を結ぶ高速貨物列車が深夜に1往復運行されており、当駅にも停車したが、貨物の積卸はしない運転停車であった。

羽後交通横荘線

横手(よこて)
羽後交通横荘線 横手 樋ノ口
所属事業者 羽後交通
所属路線 横荘線
キロ程 0.0 km(横手起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1918年(大正7年)8月18日
廃止年月日  1971年(昭和46年)7月20日
備考 横荘線廃線に伴い廃駅
横荘線(おうしょうせん)は、秋田県横手市の横手駅と由利郡下郷村(現・由利本荘市)の老方駅を結んでいた羽後交通の鉄道路線。
1918年(大正7年)に横手 - 沼館間が開業し、順次西側へ延長され、1930年(昭和5年)に老方(現在の由利本荘市旧東由利町域中心部)に到達した。一方で横荘鉄道は西線として羽後本荘からも路線を建設し、1922年(大正11年)に羽後本荘 - 前郷間を開業した。
その後、西側の羽後本荘 - 前郷間のみが1937年に国有化され矢島線となり、翌1938年までに前郷 - 羽後矢島間が延長され、1985年に第三セクターに転換され由利高原鉄道鳥海山ろく線となり現存している。
中間部の老方 - 前郷間は、折からの昭和恐慌や災害などにより開業に至ることなく終わった。
買収されなかった横手 - 老方間は1943年に雄勝鉄道や周辺のバス事業者と合併し、羽後鉄道横荘線を経て羽後交通横荘線となったが、1953年に末端部の二井山 - 老方間が廃止され、以後は末端部を廃止する形で順次短縮され、最後に残った横手 - 沼館間も1971年に廃止され全廃となった。本路線の廃止後に、使用されていた気動車が雄勝線に移り、それまで電気運転だった雄勝線が非電化に変更されたが、雄勝線も2年後の1973年に全廃されている。

路線データ

  • 路線距離(営業キロ):横手 - 老方間 38.2 km
  • 軌間:1067 mm
  • 駅数:14駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:なし(全線非電化)
  • 閉塞方式:票券閉塞式

歴史

  • 1914年(大正3年)7月:横手 - 本荘間の鉄道敷設免許申請。
  • 1915年(大正4年)1月13日:鉄道敷設免許状下付
  • 1916年(大正5年)
    • 10月24日:横手鉄道株式会社設立。
    • 12月5日:横荘鉄道株式会社に社名変更。
  • 1918年(大正7年)8月18日:横手駅 - 沼館駅間(9.5マイル 15.31 km)開業。
  • 1919年(大正8年)7月15日:沼館駅 - 舘合駅間(3.6 km)開業。
  • 1920年(大正9年)3月24日:舘合駅 - 羽後大森駅間(1.8 km)開業。
  • 1928年(昭和3年)
    • 3月19日:瓦斯倫動力併用認可(横手駅 - 羽後本荘駅間)。
    • 3月25日 瓦斯倫車(ガソリンカー)運転開始。
    • 11月1日:羽後大森駅 - 二井山駅間(5.4 km)開業。
  • 1930年(昭和5年)10月5日:二井山駅 - 老方駅間(12.1 km)開業。
  • 1931年(昭和6年)8月21日:羽後大森駅 - 八沢木駅間に上溝駅開業。
  • 1943年(昭和18年)10月16日:雄勝鉄道と合併。横手駅 - 老方駅間は横荘線となる。
  • 1944年(昭和19年)5月31日:羽後鉄道に社名変更。
  • 1947年(昭和22年)7月23日:台風により線内39か所に被害 。
  • 1949年(昭和24年)12月27日 - 旅客運輸営休止認可(二井山駅 - 老方駅間)。
  • 1951年(昭和26年)4月18日:貨物運輸営業休止認可(二井山駅 - 老方駅間)。
  • 1952年(昭和27年)2月15日:羽後交通に社名変更。
  • 1953年(昭和28年)8月5日:二井山駅 - 老方駅間(12.1 km)廃止許可。
  • 1957年(昭和32年)5月17日:機関庫で火災、4両焼失。
  • 1965年(昭和40年)
    • 7月9日:集中豪雨により雄物川橋りょう(舘合 - 羽後大森間)の橋脚が傾く。
    • 10月21日:舘合駅 - 二井山駅間(7.2 km)が営業休止。
  • 1966年(昭和41年)
    • 2月4日:河川増水により、雄物川橋梁第9橋脚が倒壊。
    • 6月15日:舘合駅 - 二井山駅間(7.2 km)廃止。
  • 1969年(昭和44年)1月16日:沼館駅 - 舘合駅間(3.6 km)廃止。
  • 1971年(昭和46年)7月20日:横手駅 - 沼館駅間(15.3 km)廃止。横荘線全線廃止。