蒲郡(がまごおり) |
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所在地 |
愛知県蒲郡市元町1-1 |
駅番号 |
CA47 |
所属事業者 |
東海旅客鉄道(JR東海) |
所属路線 |
■東海道本線(名古屋地区) |
キロ程 |
310.6km(東京起点) |
駅構造 |
高架駅 |
ホーム |
2面4線 |
乗車人員 |
6,309人/日(2023年) |
乗降人員 |
14,260人/日(2023年) |
開業年月日 |
1888年(明治21年)9月1日 |
駅種別 |
駅長配置駅(管理駅) JR全線きっぷうりば |
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蒲郡駅 |
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蒲郡駅(がまごおりえき)は、愛知県蒲郡市元町にある、東海旅客鉄道(JR東海)東海道本線および名古屋鉄道(名鉄)蒲郡線の駅である。駅番号は東海道本線がCA47、蒲郡線がGN22。
蒲郡市の中心駅で、「観光交流立市宣言」をした観光の街「蒲郡」の玄関口である。JR東海・名鉄ともに駅員が配置されている。
かつてはJR東海と名鉄の共同使用駅であったが、蒲郡駅付近連続立体交差事業(鉄道高架化)の完了により、駅舎・改札が分離された。
JR東海の東海道本線と、名鉄の蒲郡線が乗り入れ、接続駅となっている。蒲郡線は当駅が終点となっている。
1888年(明治21年)に官設鉄道(現在の東海道本線)浜松駅 - 大府駅間の開通と同時に開業し、のちの1936年(昭和11年)に三河鉄道(現在の名鉄蒲郡線)が乗り入れた。
なお駅設置当時、駅が所在していた当時の蒲郡村は「かまごおり」と読んでいたが駅は「がまごおり」で開業しており、これが現在の蒲郡市をはじめとする「がまごおり」読みのルーツとされている。
蒲郡駅周辺の鉄道高架化事業(正式名称:蒲郡駅付近連続立体交差事業)は、踏切による交通渋滞や事故、鉄道による市街地分断を解消し、魅力的で質の高い街づくりを目的とするもので、高架化および南口再開発が2008年(平成20年)3月に完了した。
南北連絡通路(コンコース)の完成で南北地下道は廃止されたが、北口周辺の地下街は現在も営業中である。
今後は北口広場において誘客効果が見込める有名店を含む商業施設を設置する予定である。
かつては南口から竹本油脂本社工場と日本通運蒲郡支店への貨物専用線が伸びていた。
現在は南口土地区画整理事業が完了し、当時の面影はほとんど残っていないが、蒲郡市民会館臨時駐車場に当時の枕木やレールが保管されている。
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駅名標 |
ホーム |
駅構造
高架駅。南北連絡通路を挟んで、JR東海・名鉄の改札口がそれぞれ設置されている。コンコースは広めに確保されている。
JR東海
島式ホーム2面4線を使用している。内側の2・3番線が本線、外側の1・4番線が待避線(副本線)で、朝・夕方には普通・快速の緩急接続が行われている。
ホームは2005年(平成17年)に高架化された。高架化以前は北口側に駅舎があり、駅舎とJR東海・名鉄のホームを結ぶ跨線橋があった。この跨線橋は「鉄道院明治43年」の文字が刻まれた歴史あるもので、1953年(昭和28年)の東海道本線電化で約1mかさ上げされ、高架化工事による仮設跨線橋の供用開始まで使用された。
貨物営業を行っていた頃は、駅舎東側に1面1線の有蓋車用貨物ホームがあり、駅南側には竹本油脂本社工場専用線「竹本1番線(有効長52m)」「竹本2番線(有効長31m)」と国道23号線を横切り三河港木材埠頭へ伸びる日本通運蒲郡支店「日通専用線(約500m)」(当初は日本通運と三和倉庫などで出資の臨港線)の貨物専用線があった。戦前は旧海軍貯木場の木材輸送、戦後は蒲郡港へ運搬船で運ばれてきた石炭輸送が主な輸送品であった。運行は日本国有鉄道(国鉄)が代行していた。
駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、蒲郡市内にある3駅(三河大塚駅・三河三谷駅・三河塩津駅)を管理している。
駅構内には、JR全線きっぷうりばがある。TOICAおよびTOICAと相互利用しているIC乗車券の利用が可能であり、TOICA対応のタッチパネル式自動券売機3台と自動精算機がある。また改札口と各ホームにLED式発車案内板、各ホームにエレベーター、エスカレータが設置されている。
のりば
番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
備考 |
1 |
■東海道線 |
上り |
豊橋・浜松方面 |
待機線 |
2 |
本線 |
3 |
下り |
岡崎・名古屋方面 |
本線 |
4 |
待機線 |
名鉄 蒲郡駅 |
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所在地 |
愛知県蒲郡市港町1-1 |
駅番号 |
GN22 |
所属事業者 |
名古屋鉄道(名鉄) |
所属路線 |
■蒲郡線 |
キロ程 |
17.6 km(吉良吉田起点) |
駅構造 |
高架駅 |
ホーム |
1面2線 |
乗車人員 |
1,076人/日(2021年) |
開業年月日 |
1936年(昭和11年)7月24日 |
駅種別 |
終日駅員配置駅 |
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名鉄 蒲郡駅 |
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駅名標 |
ホーム |
名古屋鉄道
島式ホーム1面2線を使用している。ホームの有効長は4両分で、電車はホーム中央付近に停車する。
かつては行灯式発車案内板があったが、現在の電車は全て吉良吉田駅行普通電車のため、撤去された。
終日駅員配置駅である。電車は全てワンマン運転であるが当駅は有人駅かつ終着駅であるため途中の駅とは異なり、到着するとホーム側の全てのドアを開ける。
自動券売機はタッチパネル式のものが1台あるが、自動改札機および自動精算機は設置されていない。
ホームにはエレベーターが設置されている。
以前の名鉄のホーム番号は国鉄・JRからの通しで5・6番線であったが、改札の分離に伴い1・2番線となった(分離後は番号の振り方が逆になり、海側から振られている)。
manaca他の交通系ICカードに関しては、対応する設備が一切設置されていないため取り扱いを行っていない。
券売機での乗車券購入・窓口の対応も不可(TOICAとmanacaが乗車券機能の相互利用を行っているため、JR蒲郡駅ではmanacaでの乗車が可能。名鉄利用者がチャージをしたい場合も、出場後や入場前であればJR蒲郡駅で可能)。ただし、吉良吉田駅以遠の区間を乗車する際には、特例として以下の手順により、manaca他の交通系ICカードを利用することができる。
当駅から乗車する場合は、駅の自動券売機で乗車駅証明書を発行し、吉良吉田駅以遠まで乗車すると申し出て改札を入る。
吉良吉田駅で降車後中間改札窓口で、駅係員に乗車駅証明書を見せてカードに乗車駅の記録をしてもらう。
当駅で降車する場合は、吉良吉田駅の中間改札窓口で降車駅を申し出て精算を行う。
その精算済み証を受け取ってワンマン列車に乗車し、降車後駅員に渡す。
なお、当駅-三河鳥羽駅間の利用においては、この特例は適用できない。
2012年2月29日に利用終了となったトランパスにおいても、利用可能エリアからは外れていたが、当駅から乗車してトランパス対応駅(精算機または窓口での精算が可能な駅)で下車する場合は、当駅の自動券売機で無料発行される乗車駅証明書を持って乗車し、下車駅での精算という形でトランパスが使用できた。
1972年(昭和47年)4月1日に名鉄が高架化された際、南口には1階にバスターミナルを設けた5階建ての「名鉄蒲郡駅ビル」を同年12月に竣工させた。しかしテナントの相次ぐ撤退や観光客減少のため、蒲郡駅周辺連続立体交差事業の際に解体された。
また、ホームは当初立体交差事業により建て替えられる予定であったが、従来のものをリニューアルして継続利用している。
蒲郡線の立体交差部分延長に伴う工事に際しては、一時的に東海道本線旧下り地上ホームを使用していた時期もある。
2008年(平成20年)6月29日より名鉄蒲郡線は全列車が当駅 - 吉良吉田駅間の2両編成折り返しワンマン運転となった。
そのため通常はホーム両端の1両分ずつには電車が停車しない。
吉良吉田駅以遠からmanacaを利用して当駅で名鉄バスに乗り継ぐ場合(その逆も)でも条件を満たせば割引は適用される。
のりば
番線 |
路線 |
行先 |
備考 |
1 |
GN蒲郡線 |
吉良吉田ゆき |
夜間滞泊や臨時列車、団体専用列車等を除きほとんど使用されない。 |
2 |
本線 |
歴史
- 1888年(明治21年)9月1日:官設鉄道(のちの国鉄・JR)浜松駅 - 大府駅間の開通時に開業。一般駅。
- 1895年(明治28年)4月1日:線路名称制定。東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となる。
- 1936年(昭和11年)7月24日:三河鉄道本線(現在の名鉄蒲郡線)三河鹿島 - 蒲郡が開業し当駅に乗り入れる。
- 1941年(昭和16年)6月1日:会社合併により三河鉄道本線が名鉄三河線となる。
- 1947年(昭和22年)4月23日:名鉄三河線が600V電化。
- 1948年(昭和23年)5月16日:名鉄の線路名称改定により、三河線の当駅から三河吉田(現・吉良吉田)までが蒲郡線として独立。
- 1959年(昭和34年)7月12日:蒲郡線の電圧を1500Vに昇圧。
- 1965年(昭和40年)9月24日:みどりの窓口が設置される。
- 1967年(昭和42年)
- 6月20日:地下道(第1期)・蒲郡北駅前地下街が完成する。
- 12月5日:北口駅前広場が完成する。
- 1968年(昭和43年)8月28日:国鉄蒲郡駅鉄筋駅舎起工式を行う。
- 1969年(昭和44年)
- 1月29日:国鉄蒲郡駅新駅舎の一部供用開始。地下道(第2期)が完成する。
- 4月5日:国鉄蒲郡駅の新駅舎が完成。
- 1971年(昭和46年)9月10日:名鉄蒲郡駅改築工事・高架工事が始まる。0.5km手前に仮駅を設置し蒲郡駅休止。
- 1972年(昭和47年)
- 3月14日:名鉄蒲郡線の仮駅営業を終了し、仮駅 - 蒲郡駅間0.5kmの運行再開。
- 4月1日:名鉄蒲郡駅の駅ビル(鉄筋5階建)が完成。
- 7月16日:蒲郡駅南北地下道が開通する。
- 1979年(昭和54年)5月26日:昭和天皇、香淳皇后が第40回国民体育大会に合わせて県内を行幸啓。お召し列車が本長篠駅発、蒲郡駅着で運転。翌27日に蒲郡駅発、新豊田駅着で運転。
- 1981年(昭和56年)4月9日:国鉄の旅行センターを南口駅前から駅舎正面口に移転。
- 1984年(昭和59年)1月10日:車扱貨物の取扱を廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日:荷物の取扱を廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により国鉄の駅は東海旅客鉄道(JR東海)が継承。
- 1989年(平成元年)3月11日:蒲郡 - 大垣間に上下各10本の新快速を設定。「新快速出発式」を実施する。
- 1995年(平成7年)3月28日:JR蒲郡駅(北口)仮駅舎使用開始。北口に自動改札機を導入。
- 1996年(平成8年)5月11日:名鉄蒲郡駅(南口)仮駅舎使用開始。区画整理事業で南口駅前広場暫定整備完了。
- 1998年(平成10年)10月31日:連続立体交差化工事のため、名鉄線は旧東海道線下り線を使用した仮線を使用。
- 2000年(平成12年)11月11日:名鉄線高架化(蒲郡駅 - 蒲郡競艇場前駅間、ホーム部分はリニューアル)。11月15日に「発車式」を実施する。
- 2003年(平成15年)4月14日:東海道線下り線高架化。
- 2005年(平成17年)
- 12月18日:東海道線上り線高架化。
- 12月26日:新駅舎使用開始によりJR東海・名鉄の改札口を分離。
- 2006年(平成18年)11月25日:JR東海がTOICA導入。
- 2008年(平成20年)3月:鉄道高架化事業完了。
- 2025年(令和7年)3月20日 - 蒲郡市がコンコースにストリートピアノを設置。
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